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Story

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第5話:前編

「ねぇ見て!新作のコーヒーだって!キャラメルナッツ味かぁーおいしそうだね」
リプルははしゃいだ様子でカフェの看板を見ている。
「クラリス、ここにしよっ」
クラリスは顔を上げ、つとめて明るく頷いた。だがどこか表情は曇っている。
土曜日の昼下がり、クラリスとリプルは村の中心部へ遊びにきていた。暖かい日差しが降り注ぎ、風が気持ちいい。様々な店が並び、路面電車が行き交う村は活気に満ちていた。二人は店内で新作コーヒーを注文すると、それを持って店前のオープンテラスへ出た。
「いい天気で良かったね」
リプルは一度口に持って行ったコーヒーをそっとテーブルに置きながら言った。熱かったのか舌を出している。それを見てクラリスは微笑んだ。だが、会話が続かない。申し訳なく思いながら、クラリスは話題を探した。店に入る前からもう三十分くらい、リプルに話題を任せてしまっている。
「あんまり気を遣わなくていいよ。今日は私がクラリスを元気づける日だから」
クラリスの表情を察して、リプルが優しく笑いかけた。クラリスは戸惑いながら、ありがとう、と頭を下げた。
二日前、アクシリアから話を聞いた後、クラリスは倒れて保健室に運ばれていた。そばにはロキが付き添っていて、クラリスが目を覚ますと自宅まで送ってくれた。帰宅してからできる限り普段通りに身の回りのことを済ませてベッドにもぐりこんだが、その日はなかなか眠れなかった。三年前に感じた恐怖が部屋の隅から闇に混ざって迫ってくるようだった。翌日になっても不安や焦燥がざわざわと押し寄せ、みぞおちあたりが冷えてずっしりと重かった。結局その日は学校を休んでしまった。そんなクラリスのもとに、リプルから電話があったのは今日の朝だった。「外に出ない?すっごく良いお天気だよ!」という快活な声。窓の外はたしかに真っ青な空が広がっていた。クラリスは気を持ちなおさなければと誘いを請けた。
「今日は行きたいところはある?そういえば今度、ロックカフェでライブをすることになったんだ!下見するのもいいかも!それからね、近所に雑貨屋さんができるんだって。可愛いものあるといいな」
リプルは明るい話題を様々繰り出したが、いつものようなテンポの良い会話とはいかなかった。しばらくするとリプルはうつむいて静かに話し始めた。
「実はね、あたしも聞いたの。クラリスがお休みなんて珍しいから、アクシリア先生に尋ねてみたんだ。それでね、E.I.X.のこと…迫ってきてるかもしれないって」
クラリスは、はっと顔を上げた。リプルも知っていたんだ。相当なショックを受けたに違いない。それにもかかわらず、明るく振舞ってくれていたのだ。クラリスは三年前にも同じように励まされたことを思い出した。

三年前、クラリスは両親とイタリア旅行に来ていた。滞在先のホテルは品の良い調度品が揃っていて、三人並んで寝れそうなキングサイズのベッドや窓から見える景色に、日常とは違うワクワクを覚えた。チェックインしてから、あちこちの観光名所を見て回った。父のデジタルカメラを借りて、たくさんの写真を撮った。通りには飲食店が立ち並び、パスタやピザはもちろん、トマトがたっぷり入った色鮮やかな海鮮料理など、もう限界というほど、たらふく食べた。視界に入るもの全てが輝いて見えた。
夜、ホテルに戻ってからも三人で回った先を思い出しながら、たくさん話をした。そのときまでは、こんな幸せな時間が続くと思っていた。しばらくして、父が風呂場のバスタブに湯を溜め始め、母が着替えの用意をするといって席を立った。クラリスはなんとなくテレビをつけた。イタリア語はクラリスにはわからなかったが、旅行先で現地の番組を見るのは好きだった。クラリスはチャンネルを回していたが、着替えを受け取りに戻ってきた父が、画面を見るやテレビの前にかけより、チャンネルをひとつ前に戻した。母も横から覗きこむ。両親の表情が一変した。画面にはニュースのLIVE中継が映っている。流れている映像の場所は、ホテルからほど近い通りだ。建物から炎が上がり、ときおりその窓からガラス片が飛び散っている。両親はテレビから離れると小声で話し始めた。そのただならぬ様子に、クラリスは首をつっこんではいけないと察した。そうして不安げに両親を見つめていると、母が言った。
「ちょっと出かけてくるわ。待っててね」
今思えば、あのとき必死に引き止めていたら何か変わったのかもしれない。しかしクラリスは、言われるままに部屋で大人しく両親を待っているしかできなかった。窓の外は不思議と静かで、テレビではニュースが流れ続けていた。
一時間もしないうちに両親が帰ってきた。顔面蒼白といった様子でソワソワしている。クラリスはたまらず父に抱きついた。「何があったの」と問うクラリスの肩を父はぎゅっと抱きしめ、すぐに引き離した。父の手は震えている。不安に満ちたクラリスの頭を母が撫でた。
「クラリス、今から言うとおりにしてくれ」
父はそう言うと、クラリスを風呂場へ連れていった。そしてクラリスを中へ入れると、「ここから出ずに、静かにしているんだ」と命じてドアを閉めた。そのとき、つんざくような大きな音がした。瞬間、白い光に包まれた。目が眩んだが、クラリスは手探りでドアを開けようとする。何がおきているかわからず、不安で仕方がなかったのだ。しかし、ドアは外から閉じられたかのようにどうしても開かなかった。父と母を呼んだが、ドアの向こうでは大きな音が連続していて声は届かない。もう一度ドアを開けようと手を触れた瞬間、クラリスはすぐに手を引っ込めた。ドアは驚くほど熱い。不安が恐怖に変わった。クラリスは目を閉じ、耳をふさいでうずくまった。その横ではバスタブから湯が溢れていた。
どれほどの時間がたったのかはわからない。立て続けに鳴っていた激しい音が止み、ドアの温度も下がっていた。そっと押すと、ドアは静かに開いた。熱波と焦げ臭さが襲ってくる。客室はそこが客室だったとはわからない有様だった。あちこちから炎が上がっていて、天井の梁が燃え落ちようとしていた。そして、入り口のドアの前に、血だまりが広がっていた。クラリスはホテルを飛び出した。
そこからの記憶はさだかではない。闇雲に街を駆けていたと思う。夜が明け、イタリア在住のマジシャンが、公園で小さくなっていたクラリスを見つけた。彼の手配でグランツベリー村に戻ると、放心状態の彼女を待っていたのは親友のリプルだった。涙ぐみながらクラリスを抱きしめる。クラリスはそのときになって、走馬灯のように出来事が頭の中を駆け巡り、涙がこぼれてきた。リプルに抱きしめられながら、クラリスは泣き崩れた。

当時も、リプルは毎日クラリスの家を訪ね、元気づけてくれた。そのおかげで、広く感じていた一人ぼっちの家がだんだんと明るさを取り戻した。もしあのときリプルがいなければ、前向きになれなかったかもしれない。そして今、脅威が迫っていることを知っても、こうして人のために行動できるリプルに心強さを感じた。
「あのね、クラリス。今回の事件のこと先生から聞いたとき、行方不明のマジシャンには子供がいたって聞いたの。親がいなくなるのは、私が想像するよりずっと辛いことだと思うんだ。でもね、その人も、クラリスのお父さんとお母さんも、何があったかはまだわからないけど、E.I.X.とか…何かすごく強いものに立ち向かったんじゃないかと思うんだ。それは、子供を守るためだったんだと思う。上手に言えないけど、あたしも、クラリスのことすごく大事なの。だからね、その…」
リプルが言いかけた言葉に、クラリスは背筋を伸ばして応えた。
「ありがとう、リプル。私のお父さんとお母さんも、必死に私を守ってくれたんだと思う。それに、リプルがいてくれたから、先生やロキ、みんなが助けてくれたから私もこうして生きてる。だからこそ、沈んでてもしかたないよね。強くならなくちゃ。私も、もう大事な人を目の前で何も出来ずに失うなんて絶対にしたくない」
クラリスの瞳に力が戻ったのを見て、リプルは嬉しそうに笑った。クラリスも笑い返し、コーヒーを口に運ぶ。そのとき、クラリスの眼鏡が湯気で曇ったのを見て、二人で大笑いした。
「よし!じゃあ今日はどうする?強い魔法の練習とか…あれ、ロキ?」
リプルの視線の先を辿ると、ロキが立っていた。鷹の足首に何かを結びつけている。
「ロキ―!何してんの?」
リプルがロキの方に走って行った。クラリスも後を追う。だが二人は、ロキの顔を見て思わず立ちすくんだ。彼の顔には血の気が無く、表情は強張っている。
「まずいことになった」
ロキはそう言った。

「村に入ったはいいが、マジシャンてのは見つからねぇもんだな」
ドスは村を見渡しながらつぶやいた。捜索を開始して数十分、取り立てて何か変わった様子はなく、休日とあってか閉まっている店ばかりで人通りもほとんど無い。その上、ときおり歩いている人を見ても、マジシャンとわかる術がない。マジシャンのイメージは童話に登場するものしか持ち合わせていないが、現代のマジシャンは一般人と変わらない見た目だと聞いている。実際、シヴァンが見たアジトの五人の中にマジシャンがいたとすれば、一般人と何ら変わりがなかった。魔法を使うさまを見るまではマジシャンかどうかわからないということだ。
「埒があかねー。悪役はわかりやすくヒーローの前に現れるもんだろうがー」
ロックが悪態をついている。
「お前のお手製バトルスーツが目立ちすぎなんじゃないのか…」
シヴァンが言うと、ロックは「まぁヒーローだからね」と小さな声で返事をした。どうやら少しは気にしているらしい。
晴天。ゴーストタウンよりはずっと涼しい。しかしどうにも穏やかすぎる空気が、むしろ三人を焦らせていた。このまま収穫無しということもあり得る。
E.I.X.がマジシャンを追っていることは、大々的に公表しているわけではない。テロとの関連が強いと見て捜査し、随時捕縛、ときには殺害するが、世間ではテロ捜査および殲滅として認識されている。だが当然、マジシャンであればE.I.X.に追われていることを知っていておかしくない。身分と権限を示す意味も含めて任務のときには着用している各自のデバイスに刻まれた「E.I.X.」の刻印を、シヴァンはこの時ばかりは鬱陶しく思った。
「この村全体がマジシャンしかいないっていうんなら話も早いんだがな」
ドスの言葉にシヴァンは同意しながら、溜息をついた。たしかに、この村に居る者全てがマジシャンであるという情報があれば、一網打尽にすれば済む話だ。だが一般人がいる可能性の方が高いだろう。そうなると本部の許可もさすがに下りない。村の範囲は把握しているが、その全てをしらみ潰しに捜索するのも三人では限界がある。聞きつけられて逃げられるのがおちだ。
「このまま魔法を使うやつが現れるまで待つというのもなかなかの確率だな。何か策を練るしかなさそうだ」
シヴァンはしかたなく、路面電車の線路に沿って村の中央部へとおもむろに歩きだした。
ふいに風が吹いた。かなりの強さだ。体が前のめりになり、髪の毛が逆立つ。通りの看板がガタガタと鳴る。そのとき、思わず細めた目に映った光景に、シヴァンは咄嗟に走りだした。その先には路面電車の駅のベンチに腰掛ける男の子。考えるより速く、男の子の頭上で大きく揺れる看板に向かって手をかざした。まずい、間に合うか…。看板が、ガタンと音を立てて外れた。風にあおられて男の子の方へまっすぐに落ちていく。シヴァンは突き出した手をグッと掴むように握った。間に合った。看板は男の子にぶつかることなく、宙に浮いていた。だが妙な感触がある。
「お手柄だなシヴァン」
ドスの声に振り向くと、シヴァンは歯切れの悪い声を漏らした。
「お前らじゃないのか、だとすると…どうもおかしい…」
視線を看板に戻す。
「…別の力が加わっている気がする」
シヴァンの言葉で察したのか、今度はドスが走り抜けた。男の子の元に駆け寄ると、その一五メートルほど先の曲がり角に女が立っているのを見とめた。手には何か棒のようなものを持ち、宙に浮いた看板に向けている。その棒の先からは光がほとばしっていた。
「まさか…こんな小さな子を狙ったのか…」
ドスは大きく目を見開いた。女から目をそらさず男の子を逃がす。
「悪役登場だな。マジシャン発見」
ロックが追いつき、すぐさま戦闘態勢をとった。シヴァンも看板をそっと下ろすと追いついた。女は、中肉中背、年齢は六十歳前後か、半開きになった口元がガクガクと震えている。見つかったことへの恐れか。女はそれほど脅威と感じる見た目ではないが、マジシャンである以上油断できない。幼い子供を狙ったのなら悪質だ。女が棒を振りかざす。戦闘開始だ。(続)