マジシャンズデッド NEXT ブレイジング

公式サイトに戻る
SHARE
  • Twitter
  • facebook

Story

Story

第3話

しまったと思ったときには遅かった。ロウソクに灯った火は一瞬にして大きくなり、どろどろと溶けていく。机の上に炎が立ち上った。
「言ったでしょ。どれだけの力を出すか、自分で考えなきゃって」
すぐ横でアクシリアの声がして、炎は消し止められた。クラリスは「すみません」と申し訳なさそうに頭を下げる。眼鏡をかけて直しても、目の前がかすんだように見えて、集中できない。
「あぁ、やっちゃった!」
そのとき、隣りの席から叫び声が轟いた。
「まただよぉ。これ難しぃ~」
隣の席の机の上には割れた電球の残骸がいくつも散らばっている。机に向かったリプルがいじけるように唇をとがらせていた。
「あらあらリプルまで…ただ豪快に出せばいいというものではないのよ。電球が灯るレベルを考えて、意識的に力をコントロールしてね」
「コントロールなんてできないよぉ。やっぱ魔法は思いっきり出すから気持ちいいんだしぃ」
リプルは次の電球を手にしながら頬をふくらませたが、リプルの性格をよくわかっているアクシリアは笑いながら、だが少し厳しい口調で教える。
「確かに、大きな力を出すことは気持ちがいいわよね。でも、魔法は気持ちよさのために使うだけではないわ。人のために使おうとするとき、力をコントロールできないと、相手の大事な電球を割っちゃうわよ」
アクシリアに言われ、リプルは反論できずに新しい電球を箱から取り出した。アクシリアは教室を見渡しながら続けた。
「魔法は人のために使うもの、と習ってきましたね。今日はそのための大切な授業ですから、みなさんも頭でイメージした通りに力が出せるように何度もやってみてね」
そう言いながらアクシリアはグラスを取り出すと、ステッキを振りグラスの中に小さな氷をいくつか作り上げた。
魔法力は広大なもの、なにも考えず出せば、それはただの大きな力となり、甚大な被害を及ぼす危険性がある。そこで意識的にバランスを考えて、それを操作する必要が出てくるのだ。この授業は、まさにそのコントロールがテーマだった。アクシリアを手本に、生徒たちはみな自分の魔法を操作することに専念している。
「大丈夫、集中すれば必ずできるわ」
アクシリアが鼓舞するようにリプルの肩を叩いた。
リプルは真剣な顔でピックを持ち直し、もう一度意識を集中する体勢を取った。すると、電球が小さく点滅し始める。その点灯をキープするように電球をじっと見つめる。すると今度は割れることなく、光り続けた。
「よくコントロールできてるわ」
アクシリアが微笑みかける。
「できてる? あたし、できてる!」
集中しながらも、リプルは自分が見事に電球を点灯させたことに驚いたのか、立ち上がるや小躍りした。
「よし、合格。みんなもよくでいているわ。さぁ、次はクラリスね」
先ほどクラリスが行ったのはロウソクの先の芯の部分に小さな火を灯すという演習だった。しかし火を灯した瞬間、それは思いがけず大きいものとなり、ロウソク自体を溶かしてしまったのだ。
「大丈夫。集中よ」
新しくアクシリアに立てられた机の上のロウソウを見つめながら、クラリスは眼鏡を押し上げると、ステッキを握った。
クラリス以外の生徒たちはみなすでに成功していた。いつもならクラリスは優秀な生徒としてこういう演習では真っ先に成功する。けれど今日は誰よりも時間がかかっていた。他の生徒達もどうしたんだろうと視線を送っている。
クラリスはちらりとロキを見た。斜め前の席についているロキは、すでに小さな風で紙を宙に浮かせ続けるというコントロールに成功していた。

集中力がどうしてもそがれる理由―――それは今朝のロキにあった。
昨日は始業ギリギリでの登校だったので、今日は早く着こうとリプルと早めに学園へ向かっていた。そのとき偶然、学園前でロキを見かけた。こちらの方向へ歩いてくる。ロキは朝、誰よりも早く登校し、学園周辺へパトロールのために鷹を飛ばしている。彼は生徒会長としての仕事で基本的に朝は学園内で作業をしているのだが、今日は彼も学園から出ていた。鷹は別の場所を飛んでいるのかもしれない。一緒ではなかった。ロキがいるのは珍しいなと思いつつ、クラリスは声を掛けようと近づいた。しかし、声をかけるのを一瞬躊躇った。周囲に走らせるロキの視線が、生徒を見回るというより、なにかを警戒するような鋭いものだったから。
すると、こちらに気づいたロキが、鋭い視線を素早く和らげた。そして平静を装って二人に笑顔をみせる。
「今日はちゃんと来たんだな、クラリス、リプル」
ロキはそう言いながら、道をそれると登校ルートとは違う方向へ歩いて行った。二人は首をかしげながら学園へ入った。
一体ロキはなにをやっていたのだろう。昨日のこともあったので、どこかスッキリしない。何かがあったのだとクラリスは直感した。

「どうしたの? クラリス?」
アクシリアに呼ばれ、我に返った。
「あ、すみません」
再び思考が飛んでしまっていたことに気づいた。慌てて目の前のロウソクを見つめる。今は集中しなければ、このコントロールをクリアできない。クラリスは雑念を払い飛ばすように、ふたたびロウソクに向き直った。
右手にステッキを握り、意識を集中する。そしてステッキを軽く振る。ロウソクに小さな火がついた。まだ完全にロウソクに火が移っていない。小さな火をキープするように意識を保ち続ける。すると、ロウソクの先がわずかに溶けて、火が完全に灯った。クラリスは安堵してステッキを下した。
「そう、クラリス。よくできたわね」
アクシリアが嬉しそうに手を叩く。ロウソクは溶けきることなく立ったまま、見事に火を灯していた。生徒たちからも、普段のクラリスの様子に納得したような雰囲気がわき上がった。
ロキがこちらを見て微笑んでいた。しかし、クラリスは微笑み返すことができない。教壇に戻ったアクシリアにロキが視線を移すのを、ただ見つめていた。

放課後、クラリスは一人でマナの木の前にいた。
授業終わりで教室から出たとき、たまたま隣の教室から出てくるリプルと会った。リプルは、今日はギターの弦を新しく買い変えるとかでそのまま帰るとのことだった。リリプルとロキは同級生だが午後の授業は各々が得意とする力の専門授業で、クラリスは炎に関する魔法の授業から出てきたところだった。リプルと別れた後、考え事が頭の中を占めていて、クラリスはなんとなくマナの木の前で立っていた。そこへ、風の授業が終わったらしいロキが出てきた。
「あれ、今日はライブじゃないのか」
「うん。リプルは今日は買い物に行くから先に帰っちゃった」
「そうか。昨日聞けなかったから、今日は楽しみにしてたんだが」
そう言うロキは笑いながらフロアを見回した。しかし、クラリスの視線に気づいて戸惑ったような声を出した。
「どうした?」
しかしクラリスはそこでは答えなかった。じっとただロキの顔を見つめるのみだ。ロキは昨日からクラリスの様子がおかしかったことと、この視線の意味が結びついたが、おどけたように再度尋ねた。
「僕になにか用かい?」
「うん。ちょっといろいろ聞きたいことがあるの」
クラリスの真剣な姿勢に、ロキは少し困ったような顔をする。あくまでとぼけるつもりなら、とクラリスは続けた。
「昨日からずっと気になってたんだけど、ロキは昨日のシナジーの授業どう思った?」
「シナジーの授業?」
「魔法は人のために使うものって教わってきたよね。けど、昨日の授業、先生は感電って言ったでしょ。それは人のためではなく、人に向けて使うってことじゃない。そう考えると、いろいろおかしいなって」
「そうか?別におかしくなんてないさ。感電というのは、使い方を間違わないように気を付けなきゃいけないという注意勧告だろう。まさか人に使うなんて意味があるわけがない」
そう言ってロキは笑いながら、手を振る。だがクラリスはそんなロキをじっと見つめた。今の質問で、なにかロキの反応にいつもと違うものがないか気付こうと思ったのだ。けれど、ロキの態度にはなんの変化も見られなかった。
「それで質問というのはそれだけかな?」
「いや……今日の朝はなにをしていたの?」
「朝?」
「珍しく学園の外にいたけど、あれは生徒会長としての見回り?」
「ああ、あれは、鷹がちょっとね」
「鷹?」
「僕の鷹がちょっとへそ曲げて逃げちゃってね。いつもとは違う方向に飛んで行ってしまったから、それを探していたんだ。けど、無事に見つかったよ」
そうしてロキは鷹を呼んだ。すると鷹はマナの木の上にいたらしく、優雅に旋回してロキの肩にとまった。すまし顔でこちらを見ている。
「質問はそれだけ? じゃあ、僕はこれから生徒会室にいかなければいけないので、これで」
そう言ってロキは颯爽と立ち去ろうとする。クラリスはロキがこの場から逃げようとしたことがわかって、呼び止めた。
「ロキ!」
「どうしたんだクラリス、今日はなんだかおかしいよ」
ロキが振り返る。
「さっき、ライブを見ようと思ってたって言ったじゃない。生徒会室に行く理由は何?」
一瞬だが、ロキの顔に「しまった」という表情が出た。だがロキは何も言わずに再び歩き出した。クラリスはその背に向かって叫んだ。
「E.I.X.」
するとロキの足がやにわに止まった。振り返らない。振り返ることができないようだった。そのとき、上から声がした。
「そんな言葉を学園で気安く言うもんじゃありませんよ」
階段の上にアクシリアが立っていた。厳しい顔をしている。
「先生……」
ロキがつぶやくように声を漏らす。クラリスもアクシリアを見つめた。
「二人とも、談話室に来なさい」
そう言うと、促すように手招きしてアクシリアは歩いていった。
「先生!」
ロキが今度は抗議するようにアクシリアを呼んだが、アクシリアは「いいのよ」とでも言うように手で制した。なにがなんだかわからない。しぶしぶ続くロキ、それに続いてクラリスも歩き出した。

アクシリアの顔にはいつものような微笑みがなかった。そう気づいたのは、クラリスがソファに座ってアクシリアと対面したときだった。
職員室の隣に設けられた談話室。場所柄、生徒が使用することは滅多になく、教職員の会議の場になることが多い。『使用中』の札がしてあるときは、当事者以外は絶対に入ってはいけない決まりになっていた。アクシリアは札を使用中に変えると、二人を中へ促した。
クラリスは三年前もこの部屋に入ったことを思い出した。まだ茫然としていた時期で、今まで思い出すこともなかったが、この部屋の落ち着いた藍色の壁とやわらかな革張りのソファには見覚えがあった。
「あなたが勘づいているであろうことは、シナジーの授業のときから感じていたわ」
アクシリアはソファに腰掛けながらそう言った。表情は堅い。いつもの柔和な顔はなりを潜め、部屋の空気はどこか冷たい。クラリスの隣に座っているロキも姿勢を正したまま、難しい表情をしていた。
クラリスはアクシリアの言葉から、自分の疑念が当たっていたことをもはや確信していた。そのままE.I.X.に関することをぶつけようと思ったが、それより早く、アクシリアが話し始めた。
「先日、マジシャンとその仲間の居所がE.I.X.に見つかってしまったの」
「見つかる?」
「アメリカのある街でね。すぐにE.I.X.が捕縛作戦を実行したらしくて…つまりマジシャンの情報が漏れ、私たちの仲間が襲われたということよ。以前からそういったことがしばしばあったけれど、最近は本当に多いわ」
「それって、E.I.X.との軋轢のことですか?」
「そうね……一〇年前あたりから立て続けに起こったマジシャンの大量殺害。そして今にいたるまで彼らは理解できない存在だわ」
E.I.X.とマジシャンの軋轢、それは、約一〇年前の事件に端を発する。その当時、航空機や大型船を狙ったテロ行為が相次いでおり、世の中の警戒心が高まっていた。そんなとき、マジシャンが多く居住する地区を襲撃される事件が起きた。しかし、それを行ったのはE.I.X.の一部隊。テロリストを鎮圧するための組織がなぜマジシャンを襲ったのかはわかっていない。だが、E.I.X.はマジシャンこそが諸悪の根源であるかのように、その事件以降、世界中でマジシャンの捕縛、殺害を始めた。それからというもの、E.I.X.とマジシャンは互いの存在を疎むようになり、時おり各地で騒動となっていた。
「今回のアメリカの件は、E.I.X.に襲われるくらいなら、と行動を起こそうとしていた矢先だったらしいの」
「それって、前に先生が言っていた、“抗議行動”のお話ですか?」
「ええ。私たちマジシャンがこの学園やグランツベリー村だけじゃなく、世界各地に住んでいることは知っているでしょ?けれど、最近はどこも穏やかではいられなくなってきたわ。E.I.X.の脅威は日々近づきつつあるのよ。マジシャンの中では抗議行動を起こそうという動きも多くなってきている。けれど、もしそれを理由にして更に襲われるのだとしたら、許されることじゃないわ……」
アクシリアは眉間に皺を寄せ、絞り出すようにそう応えた。
抗議行動――さながら宣戦布告のような響きを帯びている。
「私たちはE.I.X.と戦わなければならないんですか……?」
クラリスの問いかけに、アクシリアはしばらく沈黙してから答えた。
「わからないわ。アメリカ在住の仲間へ連絡を取ったけれど、二人と連絡がついていないの。E.I.X.が今後どういう動きを見せるかも、まだわからない。学園やグランツベリー村に迫っているという情報も今のところない。ロキには、皆には知らせないよう言ってあったのよ。何かがわかるまでは、警戒を強めるだけにしようと」
ちらりとロキに視線を飛ばしながら言ったアクシリアの言葉に、ロキが短く頷いた。
「クラリス、さっきは隠そうとしてすまなかった。このことは容易に他言できなかったんだ。下手に口にすれば、学園がパニックになってしまうから……」
たしかに、いたずらに皆の恐怖心を煽ることは得策ではない。ロキが密かに行動していたのは、皆を思ってのことだったのだろう。しかし、クラリスはこの話が公になる日は近いと感じ取っていた。学園は既に、脅威が迫っていると判断しているはずだ。シナジー効果を授業で実践させたのは、対策の一環に違いない。
「もしE.I.X.が村や学園にやって来たら、戦うことになりますよね。それはつまり、魔法を人に向けて使うってことですよね」
クラリスは、疑念をそのまま口にした。するとクラリスを慰めるように、アクシリアが静かに言った。
「クラリス、あなたの気持ちはわかるわ。私も魔法を戦いのために使いたくはないもの。でも、そうなることも考えなければならない、かもしれないわ。できることなら、戦わずに解決したいのよ。マジシャンとE.I.X.が本気で戦ったら、その犠牲は計り知れないから」
「犠牲……」
「そういう意味では、抗議行動を起こそうとしたことは、早計だったかもしれない。でも、私は抗議行動にも一理あると思っているの。一〇年もの間、私たちはE.I.X.に怯えて生きてきた。けれど向こうのやり方は変わらない。このまま一方的にやられてしまうくらいなら、E.I.X.を食い止めるために、動き出すのも一つの手段かもしれない。もちろん戦わないですむ方法があれば、それが一番だけれど」
恐怖心を与えないようとする優しい口調だったが、クラリスはアクシリアの一言がひっかかっていた。クラリスは震えながらアクシリアに尋ねる。
「あの…“そういう意味では”って、もしかして、今回のアメリカの事件でも…いたんですか、犠牲者が。連絡が取れないって、その人たち、無事なんでしょうか」
「落ち着いて、クラリス。さっきも言ったように、まだわからないの」
「でも…何があったのか教えてください」
「そうね。でも私にも詳しいことは…E.I.X.がやって来てすぐに爆発が起きたらしくて…この連絡をくれたのは、たまたま近くにいた別のマジシャンだったのだけど、彼は血痕があったと言ってたわ。でも、誰の血痕かはわからないし…マジシャンがその爆発で亡くなった可能性もあるけれど…真偽はわからないのよ」
「血痕……」
「ただ、ひとつだけ、今朝続報があってね。連絡がつかなくなったマジシャンには子供がいたけれど、現地のマジシャンが保護したと言ってたわ。その子は離れたところにいて無事だったみたいで、それだけは本当に良かった」
「子供がいたんですか!?」
クラリスは叫んだ。
犠牲、血痕、子供…それらの言葉がクラリスの脳内をぐるぐる回っていた。そして、“白い光”がフラッシュバックした。そしてそれは、“三年前のあの日”に見た光だ――。
「クラリス……?」
放心状態だったのだろうか、ロキが心配そうにこちらを見ている。
と突然、また白い光が瞬いた。眩暈がする。
「クラリス!」
アクシリアの言葉で断片的に意識が戻り、そこで初めてクラリスは自分が立ち上がっていたことに気づいた。しかし、意識とは裏腹に体が思うように動かない。白い光の中で、子供が泣いているイメージが脳内に広がっていく。
「クラリス! 落ち着け」
ロキの言葉が届いたが、頭のなかは真っ白に浸食されていった。見たこともない子なのに、その子が激しく泣いているのが目に見えるようだった。その姿が、自分と重なっていく。気付くと、クラリスはステッキを手にしていた。先端からは激しく火花が散っている。
「クラリス!」
「落ち着けって!」
アクシリアとロキの言葉が交互に耳に届いたとき、ふとなにかが途切れる感覚があった。倒れるクラリスの肩を、ロキが抱きとめる。しかし、クラリスの意識は既に遠くにあった。そして、脳が揺れるような衝撃の直後、白く覆われた意識の奥底に、クラリスは真っ逆さまに墜ちていった―――。