Story
第4話:後編
E.I.X.本部は、世界に派遣された調査隊や、シヴァンたち戦闘部隊、そして超能力の研究機関が集まる総本山だ。巨大なビルの各フロアには様々な部署が詰まっていて、それぞれの分野に優れた人材が揃っている。アイスの研究室は中でも特別で、地下のワンフロアを占めていた。そこにはいくつもの機械やモニターが並び、それぞれがまるでネオンのように様々な光を放っては、数値やグラフを吐きだしている。
三人が研究室に入ると、アイスは中央部の大きな機械のスイッチを押した。機械は低くうなってエメラルド色の光を放った。
「とりあえず、デバイスを外してちょうだい」
デバイスというのは、超能力を引き出すための装置だ。各サイキッカーに合わせ、それぞれの形状にカスタマイズされている。シヴァンはスーツの上につけていたデバイスを外してアイスに渡した。
「そういうことは前もって言ってくれよな!」
ロックは文句を言いながらガチャガチャと超合金スーツをバラし始めた。その様子を見て、アイスは呆れたように笑った。
「あんたは勝手に改造しすぎなのよ」
ロックはすかさず噛みつく。
「ヒーローたるもの、見た目もヒーローでなくちゃいけないんだ」
「いつもそう言って、あれこれ溶接して…さっきも顔の装備外せないからコーヒー飲めてなかったじゃない。利便性にかなってないわ」
「かなうこともある!それにちゃんと外せるし…ってかいつから見てたんだよ!」
二人のやりとりに苦笑しながら、ドスはアイスに自分のデバイスを渡した。
「帰ってきてすぐ点検とは珍しいな」
「まぁつまり、そういうことよ」
アイスはいじわるっぽく笑いながら応答する。ロックは素っ頓狂な声をあげた。
「えっ!またすぐ出動!?」
「あら、さすがのあんたでも察したわね。そうよ。それで、その理由が朗報ってわけ」
ロックからデバイスを受け取ると、アイスは上部にとりつけてある大きなモニターを指した。三人のデバイスを先ほど起動した機械につなぎながら、モニターに映し出された資料の説明を始める。
「ドスからの連絡の後、襲撃目標と思われるビルへの配備はもちろん、紙片がみつかったアジトへE.I.X.の調査隊を向かわせた。そこでドスとはバトンタッチしたわけだけど、その場にあったものを持ち帰って本部で分析をかけたわ。ドスが言ってた焼けカスもできるかぎり復元してみたわけ。するとね、ある村の名前が判明したのよ」
「もったいぶるなよ」
シヴァンが顔をしかめると、アイスは、まぁそう焦らないでよ、と続けた。モニターには復元したと思われる紙片のつなぎあわせが映っている。
「グランツベリー。欧州にある村よ。以前からこの村の周りで、不思議な現象の目撃情報が上がってもいたけれど、ガセかどうかわからなくて、具体的な捜査には乗り出していなかった。でも今回の発見で、マジシャンが近くにいる可能性が急上昇したのよ。お手柄ね、ドス。そして、シヴァンとロックが捕まえたHCの連中の一人がE.I.X.本部に送還されたんだけど、マジシャンとテロを共謀したことを吐いたらしいわ」
吐かせた、というのが正しいことはアイスの笑顔を見ればわかった。先ほどまでの軽口のときとは、あきらかに笑顔の質が違う。アイスは優秀な研究者でありサイキッカーだが、同時に最上級のドSな開発者でもある。彼女がつくったと噂の拷問マシーンは、本部でその力を遺憾なく発揮したようだ。三人は研究室に着いてから、どうにか視界に入れまいと気を付けていたが、研究室奥のベットの上で、頭に何本ものコードがつながった、微動だにしない男が見えていた。呼吸はしているが、気絶しているようだ。
彼らの視線に気づいたが、アイスは顔色ひとつ変えない。
「あれは、新しい開発の協力者よ。脳を分析させてもらってるの」
「協力者、ねぇ」
ロックがつぶやくのも無理はない。さながら人体実験というところだ。微笑を浮かべながらアイスは説明に戻った。
「さて…つまり今回の一件で、マジシャンとテロとの関係性、そしてマジシャンのいる可能性が高い場所という、二つの大きな情報が揃ったわけ。本部も色めき立ってたわ。そして、めったにないことだけれど、今回の出動要請はボスからのお達しよ。任務の内容はマジシャンの捜索と捕縛。場合によっては殺害しても構わないわ」
殺害という言葉に三人は衝撃を受けた。その許可が自分たちに下りたことは今までの任務ではなかったのだ。たまらずロックが問いかける。
「殺害って、ちょっと大げさじゃないか」
するとアイスは、厳しい口調で告げた。
「ロック、相手はテロリストの可能性があるの。テロリストは平気で人の命を奪うわ。そして何より、マジシャンの力は強大よ。超能力をもってしても、互角か、それ以上のこともあるかもしれない。殺す気でかからなければならない、そういう事態になる可能性があるってことよ。必要であれば援軍を呼んで。私も含め、他のサイキッカーも後から向かうわ」
アイスが出動する、それだけでも事の重大さを物語っていた。彼女の超能力は攻撃性に特化している。普段は持ち歩いていないが、戦闘となれば強力な電撃を放つ鞭を綾取るのだ。それは一人でも一つの軍隊を殲滅できるほどの力だ。それほどの攻撃力が必要とされることを、本部、そしてボスが想定しているということにほかならない。
そのとき、ポーンと明るい機械音が響いた。
「デバイスの点検が完了したわ、すぐに飛んでちょうだい。魔女狩りの時間よ」
E.I.X.の移動用飛行機の中で、シヴァンは七年前のことを思い出していた。
七年前――シヴァンは一〇歳のとき事件に遭遇し、それ以前の記憶を失った。当時、シヴァンは両親とともにイギリスに住んでいたが、その日は両親と旅行のためニューヨーク行きの飛行機の中にいた。普段仕事で忙しい父親とは会える機会が少なく、家族三人で揃って旅行するという特別な日だった。ロンドン・ヒースロー空港を離陸してからしばらく、飛行機は水平飛行を続けていた。シヴァンは三人横並びのシートで両親に挟まれる形で座りながら、長時間に及ぶフライトの中で眠気と戦っていた。
もう少しでニューヨークへ着こうかという頃、突如、機体が大きく揺れた。酸素マスクが天井から一斉にぶら下がる。続けざまに爆発音がする。その瞬間、白い光が機内を満たし、視界を奪った。強い風が流れこみ、体温を奪っていく。アナウンスが急降下を告げたようだったが、轟音でかき消された。重力なのか、ひっぱられるような感覚がして、直後すさまじい衝撃が乗客を襲った。その瞬間、シヴァンは意識を失い、脳にこびりついた白い光以外、記憶も失った。
目が覚めたのは病院のベッドの上だった。慌ただしく医者がかけつけてきた。一通りの検査が終わったあと、何が起こっているのかわからないシヴァンのもとにスーツ姿の男がやってきた。彼はシヴァンに新聞を見せた。一面に飛行機墜落の見出しがある。「君の乗っていた飛行機だ」と言われた。記事には、乗客乗員合わせて二六四名のうち、行方不明者は四名と書いてあった。死者も数名いたものの、奇跡的な生存率とある。だが、シヴァンは行方不明者リストの中に自分と同じ苗字の男女をみつけ、混乱しながら、不安げに口を開いた。
「この二人は…その…」
スーツの男は気まずそうに下を向いたあと、腰をかがめてシヴァンと目線を合わせた。
「君は、どうやら記憶をほとんど失っているらしいんだ。…大変言いにくいのだが、この二人は君のご両親だ。飛行機の墜落から一週間がたっているが、まだみつかっていない。墜落原因の調査の結果、我々E.I.X.はこの事故を、テロ事件と判断した。その実行はマジシャンによるものとみている」
「あーあーったくもう、ヒーロー暇なしだな」
シヴァンの邂逅はロックのぶっきらぼうな声で中断した。飛行機が着陸態勢に入っている。声こそ普段のロックだが、その手は少し震えていた。ドスは窓の外に目をやっているが、その表情は強張っている。緊張が機内を包んでいた。だが一方で、シヴァンには緊張とは別の感情が湧きあがってきていた。爪先から頭頂部までかけめぐるような熱、叫びたいような、怒りに似たその感情には覚えがある。彼がE.I.X.に加わると決めた日、彼を突き動かし、決断させたもの――全てを奪ったマジシャンを一人残らず撲滅してやる、その復讐心だった。(4話了)