Story
第4話:前編
天井の蛍光灯がまた震えるように瞬いた。蛍光灯特有の瞬きはテーブルの上に不愉快な揺らめきとなって落ちていく。コーヒーカップの中の黒々とした水面は湯気も立てずに光を反射していた。シヴァンはそれを、じっと見つめていた。目の前にはドスとロックが同じようにコーヒーカップを並べて座っている。簡易なテーブルとパイプ椅子が置いてあるだけの会議室は、闇に包まれた夜のように静かだった。
ゴーストタウンでのテロリスト捕縛後、現地警察に引き渡してシヴァンたちはE.I.X.本部に戻っていた。取り調べの結果、捕えたテロリスト――HCの連中は世界各地に張り巡らされたテロ組織の一派であるとの報告が上がってきた。しかし今回の収穫はそれだけではない。ドスが別行動中に得た情報、それをもとに組み立てた「ある予測」が、現実味を帯びていた。会議室での三人の沈黙は、その予測によってもたらされた。
「俺はテロリストの別アジトを発見した。そこを単独捜査してたんだ」
会議室に入るなり、ドスは話を始めた。
ゴーストタウンで二人より先に調査を始めていたドスは、聞き込み捜査の過程で発見した場所に入っていた。そこは廃墟となったアパートの一室で、テロリストのアジトと思われた。踏み入ったときには既にもぬけの殻ではあったが、テロリストたちは慌てて去って行ったのか、備品や資料とおぼしき紙類が散らかったままになっていた。以前からテロリストを取り締まってきたので、こういったアジトは別段珍しいものではなかったが、ドスはいつもとは違う何かを感じ取った。臭いとでも言うべきか。元消防士としての勘は、ここに留まれと告げている。部屋の隅には机があり、その上には地図が広がっていた。このアパートの位置ともうひとつの場所に印がつけてある。おそらく、別アジトの場所だろう。そこから二キロほど先に×印。襲撃予定の場所であれば、緊急を要するかもしれない。先んじてもう一方のアジトを封じるためドスはインカムのスイッチを入れ、シヴァンに連絡をとった。シヴァンの疲れたような声が返ってきた。歩き回っていたのだろう、ようやくの手がかりに、安堵も交じっていた。通常の体勢でいけば、テロリストが潜伏している場所へ乗り込むときは三人体制がベストだが、ドスはこの場をもう少し調べる必要を感じ、シヴァンに伝えた。まだ勘にすぎないが、シヴァンは了承してくれた。こういう時、シヴァンは年下ながら頼りになる。ドスはすぐさまアジトの位置を端末から送信し、再び部屋での捜索を始めた。
積み上がった書類や設計図から、テロリストたちが爆撃を予定していることが掴めてきた。目的は不明だが、地図に記された商業ビルを狙うつもりらしい。E.I.X.本部と地元警察に配備の連絡を入れようとしたとき、部屋の隅に鉄製のバケツを見つけた。中は紙類だったのだろうが、燃やされている。ピンときた。何かを隠滅しようとした形跡かもしれない。ドスはバケツをひっくり返し、燃えカスを漁ると一部燃え残った紙片をつまみ上げた。「大いなる力によって」と記載がある。ふと、ドスの脳裏に“マジシャン”という存在が浮かんだ。
E.I.X.はドスが加わる以前から、長年テロとの戦いを続けているが、ときおり爆弾などの人工物では説明のつかない現象に直面してきた。とくに、一〇年ほど前からそういった事例が多く見られるようになり、E.I.X.はテロリストと同時にマジシャンの存在を追い始めた。マジシャンは魔法を使う者のことだ。その力はまさに人知を超えた『大いなる力』とされている。彼らがテロに関わったという決定的な証拠はつかめていないが、関わったのだとすれば頷ける現象の数々は、疑念を確証に近いものにさせていた。そんな経緯もあって、ドスは商業ビルへの配備の必要性とこの紙片の内容をただちに本部へ報告した。
「で、その紙片から何かわかったの?」
ロックが湯気を立てているコーヒーに砂糖を大量に投下しながら尋ねた。
「わかった、というわけじゃないんだが、俺はある予測を立ててみた。『大いなる力』がマジシャンの存在を示すものじゃないか、と。もしそうなら、今回のアジト爆破事件も何か不可思議な現象、その痕跡が残されているんじゃないかと考えた」
「あぁ、それがドスの言っていた、不自然な焼け方と、死体が二つ」
シヴァンも合点がいったように頷いた。
「俺を置いていくなって。説明してよ」
ロックは不服そうにしている。ドスが応える。
「すまん、ロックにはまだ説明していなかったな。実は、やつらを警察に引き渡した後、署内でちょうど爆発現場から帰ってきた鑑識に話を聞いたんだ。アジトの爆発に何か不自然な点はなかったかって。そこで爆発現場の写真を見せてもらった。部屋の殆どは爆発時の炎によって炭と化すほど焼けちまってたが、全く焼けていない部分があったんだ」
「そりゃおかしいぜ。だって俺、起爆スイッチ押すとこ見たんだ。シヴァンも爆発でぶっ飛ばされたんだろ?爆弾の威力からしてそんなことって」
「たしかに、爆発の威力からして…」
シヴァンが気づいたように割り込んだ。
「おかしいんだ。俺が確認した起爆剤はC-4。一〇キロとはいかないまでも、結構な量ではあった。あれが爆発したなら、一室が爆発しただけで済むか疑問に思ってたんだ。ましてや、起爆装置が繋がっていたわけでもない。C-4だけでは爆発しないはずだ。だから武装レベルは低いと判断した。だが突然の爆発。それに、あの白い光…爆発のものとは違うような気がした」
「そこなんだ。俺も元消防士として、それが不自然だということは断定できる。鑑識も、明日詳しく調査するんで現場保存してきたと言ってた。後日何かしらはっきりとはするだろうから、まだなんとも言えねぇ。とはいえ、だ。ここからが本題で、俺は爆発を魔法でコントロールしたんじゃないかと睨んでる」
シヴァンが身を乗り出すと、ドスは続けた。
「シヴァンが確認した室内の五人、そして爆発後の二人の死体。つまり三人は逃亡したってことだが、俺は焼死した二人がマジシャンだったんじゃないかと考えている。つまり、自爆だ。残念ながら死体も消し炭みてぇになってたし、真偽はわからんが」
「おいおい待てよ、逃げた三人の中にマジシャンがいたって方が普通じゃないか?自分ら守るだろ、普通。それに魔法でやったんだとしたら、俺が見た起爆スイッチは、なんだったんだ?」
ロックの反論に、ドスは少し考えるように口を開く。
「最初は俺もそう思ったんだが、もしマジシャンが逃げるなら五人とも逃がせたんじゃないか」
シヴァンはドスが何を言いたいのかわかった。
「つまり、こういうことか。俺に顔を見られたことが中の五人に、なんらかの方法で伝わった。中の音は聞こえなかったが、連絡が入ったのかもしれない。その場合、今後捕まる可能性は高くなると考えるだろう。その時、口を割らずにいられるだろうかと。それなら自害を選択しても不自然じゃない。だが、三人が一般人で、他のマジシャンの居所などにつながる情報を持っていなければ、逃がしてやっても問題ない」
ドスはよき理解者に出会えたという顔をしている。
「俺の考えでは、そういうことだ。下っ端どもは逃がして、マジシャン自らは仲間を守るために自爆…可能性は低くないと思うんだ。起爆スイッチにしても、バンの中にもかかわらず、わざわざ外から見える位置で押す必要はない。むしろ、俺たちにE.I.X.に見せつけるためだったんじゃないか、と考えると自然な気がしてくる」
「つまり、爆弾が爆発したと思わせられたってこと?」
ロックはそう言った後、納得したように沈黙した。
そうしてしばらく、三人は考え込んでしまった。シヴァンは冷めたコーヒーに映る蛍光灯の明滅を眺めながら、白い光をその向こうに見ていた。点が線になっていくような、数々の事象が絡まりあっていくような、妙な感覚があった。
「何よ、辛気臭い顔して。通夜帰り?」
三人の沈黙を破ったのは、鋭い女の声だった。アイスだ。いつの間に入ったのか、ドアの横に立って笑っている。襟を立てた白衣の下は必要最低限の面積だけを隠すボンテージ姿という、過激なファッションの彼女は、こう見えてE.I.X.の優秀な研究員であり、サイキッカーの一人だ。紫のショートヘアーに黒い眼帯、一方の目はギラギラと光っている。
「珍しいな、戦闘部隊のフロアに来るなんて」
ドスが驚きつつ口を開くと、アイスはニヤリと笑った。
「良い知らせがあるわ。私の研究室まで来てちょうだい」
そう言うとアイスは会議室を出てさっさと廊下を歩いていってしまった。残された三人は、しばらく顔を見合わせたが、仕方なく席を立った。
「あいつ、いっつもあぁいう態度だよな」
ロックは毒づきながら、一番に会議室を飛び出した。(続)