Story
第1話
時計を見ると、昼過ぎの一時だった。
太陽はあいかわらず容赦なく照りつけ、肌をじりじりと焦がす。もう何度目だろうか、シヴァンは、額から頬に流れ続ける汗をぞんざいにぬぐった。
秋の気配が近づいているのに、太陽の暑さは真夏並みだ。季節の変わり目さえ失わせる、まさにここ、“ゴーストタウン”らしい空気―――。
かつて鉱山の恩恵で栄えるもその面影は今では皆無だ。ブロンクス地区と並んでアメリカで最も危険な地区に数えられる。壁の落書き、路上に積み上げられたスクラップ寸前のアメ車、どこかのキッズがこじ開けたらしい穴だらけのフェンス、町の至るところに散らばる缶ゴミやウイスキーボトル、不健全な町並そのものの不快さが、この暑さを助長していると言えた。
脇の路上では、車がさかんに動いていた。エンジンはかかっていない。誰も乗っていない。それなのに、車が路上を横滑りするように道路わきの駐車場に吸い込まれていく。
路上を行き交う人々が驚いたように口を開け、その異常事態に見入っていた。
「ロック、もういい」
シヴァンは、自分の少し後ろで、その“力”を使っていた張本人に言った。
「あ、なんでよ。駐車違反車があれば整備する。それがヒーローだぜ!」
「人目を考えろ」
見れば路上には、尻餅をつき腰を抜かしている者までいる。子供など泣いて母親に抱きついている。
それもそうだ。誰も乗っていない車が動くなど普通ではない。シヴァンらが所属する“E.I.X.(エイクス)”は国際組織であり、テロリストなどを摘発する精鋭部隊として活動している。その部隊が超能力者・サイキッカーであることを知らない人間はまだ多い。そんな人たちにとって、目の前で起きている事態は異常現象でしかないのだ。
「むやみに力を使うな。住民が驚いてるだろ。それに今は駐車違反などどうでもいい」
するとロックが冷やかすように顔を覗き込んできた。
「あれ? またイライラ来ちゃってんの?」
「ふん」
「ヒーローに捜査は付き物、ドスも聞き込みに行ってんだろ? みんなで現場百遍さ」
その言葉に思わず舌打ちが出る。
イラつかないほうがおかしい。情報通りの場所をもう二時間も捜査しているのだ。なのになんの痕跡も見つからない。
「本部のソースを疑うのはお門違いだからな」念を押すようにロックが言う。
「疑ってなどいない。ただ、すでに“対象”がこの町にいるとは限らない可能性を考えているだけだ」
「それがダメだって言ってんだ。オレらは世界一の精鋭部隊なんだぜ。疑う余地なんて一切なしだ!」
そう言うと、「おっと今日もキマッてるかな」と通り沿いのショップウィンドウに映った自分を見てポーズを取り始める。目があった店内の女性店員がびっくりしたように店奥へと引っ込んだ。
ロックは全身、合成金属のバトルスーツという出で立ちだ。それは首から上にまで達し、口元全体をも覆っている。彼のなかには異常なまでのヒーロー熱があり、ヒーローたるものバトルスーツという勝手なこだわりから、自作でスーツを作り上げた。同じ組織とはいえ、胸にデイバス装置を付けているだけの簡易なシヴァンとは大違い。昔ながらのレンガ仕立ての町並にあって、ロボットじみたロックの姿は明らかに浮いていた。
「ロック、ポーズの前にやることがあるだろ……」シヴァンは静かに言った。
「あ?」
「車」
途中でポーズを取り始めたので、整備中の車がちょうどシヴァンの真ん前で停まっていた。それが邪魔で通りを行き交う他の車が前に進めないのだ。
「整備するなら最後までやってくれ」
「あぁ、やっべぇ! 俺としたことがヒーロー業務を投げ出しちまってた」
慌てて車に向かってロックが手をかざす。そのとき、耳に付けていたインカムから声が届いた。
『こちらドス、対象の行動範囲がわかったぞ』
シヴァンは溜息をつきながら、ポケットから端末を取り出すと、画面を地図に切り替えた。やっと無意味に歩き回る捜査から開放されそうだ。
「今、ウォーク通りだ。場所は?」
『まさにそこから一キロ圏内に、対象のアジトらしき場所がある』
「わかった。地図を送ってくれ、現地で合流だ」
『ああ……』
すると溜息に近いドスの相づちが返ってきた。インカムに意識を集中し直す。
この溜息の意味はわかっていた。歯切れが悪いときは、なにか言いたいときのドスの癖なのだ。
「まだなにかあるのか?」
『実はちょいと気になることがあって……』
「聞き込みであがった情報かなにかか?」
『ああ。俺の勘が“鈍ってなけりゃあ”……』
ドスの声は試すような声色だった。対象が発見された場合、戦闘になる可能性がある。それに備え、三人一組で行動するのが組織推奨の基本隊形なのだ。
シヴァンは目をつむり黙り込んだ。そして静かに言った。
「好きにしろ、こっちはやっておく」
『ありがてぇ。じゃあ、また連絡する』
うれしそうな声を残し、インカムが切れた。ドスの独断は基本隊形を破ることになる。だが杞憂を胸に現場に来ても良い働きはできやしない。今はドスの勘を信じるしかない。
すぐに端末画面が光り、地図が送られてきた。
「ロック、行くぞ」
端末を閉じながら告げると、「あ、どっちよ?」とロックが素っ頓狂な顔をしてこちらを見てきた。
「まだ違反車整備中……」
ロックはちょうど別の違反車を路上から駐車場へと動かしているところだった。前輪が路側帯に乗り上げている。
「ヒーローのなすべきはなんだ?」
「えっと……」
「対象が見つかった。ここからがヒーローの本分、だろ?」
シヴァンはそれだけ言うと走り出した。後ろから「くそっ! 俺には違反車整備もヒーロー業務なんだよ!」というロックの声が届いた。
対象のアジトは、ビロード通りから五〇メートルほど入った寂れた工場街にあった。
二階建てのレンガ家。壁には、色とりどりの文字で『DIE E.I.X.』と書かれている。どこぞのギャングがスプレーで夜なかに吹き付けたのだろう。愚にも付かないワードで体制に反旗を翻したと思い込む連中は多い。これもゴーストタウンの“愛すべき”特徴だ。
「ヒーローなら正面突破だぜ」
当たり前と言った感じで玄関口から入ろうとするロックをシヴァンは慌てて止めた。
「なかの人数と装備を把握する」
相手が銃器を持っている可能性もある。本当なら一人が周囲の見張り、一人は正面からアプローチ、一人は逃げ場をなくすために裏口へ回る、それが突入形態だ。だが今はそれができない。先んじて敵を把握しておく必要があった。
足音を殺し、裏口へと回る。窓からなかを見ると、ほこりをかぶった物が散乱しているのが見えた。一階は倉庫のようだ。人の気配はない。地上から屋上まで縦に伸びた雨水管を伝って、二階の出窓まで登る。
室内は簡易な部屋だった。一〇畳ぐらいの室内に五人の男がいる。
煙草を吸う者、ソファに座ってテレビを観る者、雑誌を読む者。アジトにたむろする男たちといった感じだ。しかしその部屋の異常性にはすぐに気づいた。ソファ脇の机の下に乳白色をしたブロック状の物体が見える。“C―4”と呼ばれるプラスチック爆弾の起爆剤だ。
「やはり、ここがテロのアジトか……」
部屋の隅々まで視線を走らせたが、C―4以外に危険な銃器はありそうもなかった。簡易性の短銃・ガバメント三丁が机の上に転がってるだけだ。
シヴァンは息を潜めながらインカムに指示した。
「ロック、C-4を確認した。アジトと見て間違いない。そのほかの武装レベルは低い。突入で確保できそうだ。俺はこのまま裏から行く。お前は正面から……」
と言おうとしたとき、視界の先でなにかが光った気がした。それは部屋の中央で白く瞬く輝き。
この光は……。
と思った刹那、直感的にシヴァンは壁を蹴り飛ばし、飛んだ。
次いで強烈な爆風が顔を撫でた。窓ガラスが一斉にはじけ飛ぶ。シヴァンは二階から地面に落下しながら悟った。プラスチック爆弾が爆発したのだ。
地面に叩き付けられ、うめきつつも首だけねじって見上げると、部屋の窓から炎が立ち昇っていた。大火事に見舞われたような状態だ。
「じ、自爆だと?……」
「こっちだ!」
そのときロックの叫び声が聞こえた。と思うや、車のタイヤのきしむ音が響く。
慌てて表通りに回ると、数十メートル先を行く車をロックが追いかけようとしていた。
「今、あの車が滑り込んできた。車内の奴がスイッチを押すのが見えた瞬間ドカン!だ。起爆スイッチかもしれない」
ロックはそう言うと、バトルスーツのブースタースイッチをオンにし、宙に浮いた。そのまま後背部のジェット噴射機から炎を噴き出しながら、車のほうへと飛び立った。
しかしシヴァンは動けなかった。仲間を殺し、逃げた……。なぜだ。
しかもこっちの動きに勘づいていた。そして、先ほどのあの白い光―――。
あれは間違いなく……。
と思った矢先、頭を振る。今はそんなことを考えている場合ではない。なにより奴らの確保が先だ。
呼吸を整え、端末に地図を表示する。車はビロード通りを真っ直ぐ走っていった。先回りできる合流地点は、トリス通りだけだ。シヴァンは懐に端末をしまうと走り出した。
車は巨大なバンだった。後部窓ガラスから見ても六人ほどの男が乗っているのがわかる。
アクセルを踏み込んでいるのか、速度は二〇〇キロ近く出ているだろう。巨体のくせにその早さは異常だった。
スーツのブースターを上げても追いつくには限界がある。ロックは短く息を吐いた。
「くそ、また改良が必要か。次は三〇〇キロ出る仕様にしなきゃ。あぁ~、また金かかるぅ」
そう言いながら、前方のバンをふたたび見据える。生きたまま確保というのが本部命令だ。バンを“力”でひっくり返し、路上に叩き付けたやりたいところだが、そんなことをしたら全員即死必至だ。ここは丁寧に扱わなくちゃ。
ロックはブースタースイッチをアイドリング状態に変えた。スピードが減速し、宙に浮いているだけの状態になる。そうして前方に向けて手をかざす。
「“風”でお仕置きだ」
言いながら、手の平に全神経を集中する。途端に手の平からハリケーンに似た竜巻が生まれた。その竜巻の速さは、時速二〇〇キロどころではない、マッハでバンに追いつくと、まるで埃を巻き上げるがごとく、バンの車体そのものを宙に吹き上げた。
後部ガラスから車内の男たちがパニックになっているのが見て取れる。それもそうだろう。突然走っていた自分の車がグルグル回って宙に浮き上がったのだ。冷静でいろというほうがおかしい。強烈な風にあおられ、車体は空高い位置で何度も回った。そんななか、男たちは外へ逃げようとドアを開けたが、地上からかなりの高さにあることに怯えたのだろう、すぐにドアを閉めるというのを何度も繰り返していた。
「己のギルティを後悔しろ!」
ロックは手を何度も振り回すことで、バンを充分なほど空中で回すと、それをそのまま路上へと落とした。そしてボンネットのほうへ手をかざし、“力”を使ってエンジン自体を引き抜く。
これでもう走り出すことはできないだろう。
ロックはちょうどそれを目下に見下ろせる位置まで飛んでくると、空中で止まった。
「気持ちぃ~~、ヒーロー仕事、これで一件落着だぜ!」
最高に楽しそうな笑顔を浮かべ、ガッツポーズを決めた。
竜巻が上がっていたので、すぐにわかった。
シヴァンはトリス通りに面する屋根の上からバンが逃げた先の合流地点へ向かっていたが、前方、一キロ近く先でとてつもない竜巻が吹き上がり、バンが巻き込まれたのが見えた。
「やれやれ、生きたまま確保ってのを忘れたのか」
シヴァンは溜息まじりにこめかみを揉みつつ、竜巻が上がっているほうへ手をかざした。次の瞬間、シヴァンの体は光に包まれ、一瞬にしてその現場へと到着した。
「おっ、テレポーテーションで登場かよ! 俺よりヒーローっぽいのはズルだぞ!」
突如目の前に現われたシヴァンに、ロックはつばきを飛ばしながら文句を垂れた。
「あくまで捜査のための移動だ。それより、生きて確保が命令だったはずだが……」
「よく見ろよ」
エンジンの引く抜かれたバンはボンネットから盛大な煙りを上げて停まっている。その車内では、男たち全員が嘔吐していた。
「目ぇ回してリバースしてるだけ。ピンピンしてらぁ」
「なるほど。確かに生きてはいるようだな……」
哀れかな、ゲロまみれの男たちはそんな状態でもバンから這い出ようと必死だった。そしてロックはあろうことか、そんな男たちを横目に車体に残っていたミラーで髪型を直している。
のんきなものだ。とはいえ、その“力”のお陰で生きたまま確保はできる。本部の命令通りに事は運べそうだ。
そのとき、ふいに運転席から這い出た男が黒いものを取り出すのが見えた。次の瞬間、シヴァンは叫んだ。
「ロックよけろ!」
空気をつんざく音が断続的に鳴り響く。男がマシンガンを乱射したのだ。
ロックは咄嗟に身を翻し、弾丸は路上に当たって散ったが、シヴァンは思わず開いていた手の平を見つめた。我に返る。あの“力”をここで発動したら、たちまちにしてあの男など絶命してしまうだろう。ここで出すことはできない。
「まだ観念しねえのか!」
体勢を立て直しながらロックが叫んだが、男はマシンガンで気をそらしたのをいいことに、車から出るとフラフラしながら路上脇へと逃げていった。
「ポーズなんかキメてるからだ」
「しょうがねぇだろ! 激しく動いたんで髪型が崩れちまって……」
そう弁解しながら、ふたたびガラス窓に目をやる。
「もういい。あいつは俺が確保する。そこの連中は連行しておけ」
シヴァンはロックにそう指示すると、逃げる男のほうへと走り出した。
男はシヴァンに距離を詰められないよう、何度もマシンガンを乱射した。
無駄だった。たとえマシンガンとはいえ、四方八方から狙われない限り、撃つタイミングで手をかざせば、銃口から吹き出た瞬間、弾を宙で止めることができる。サイキッカーにとって銃などオモチャ代わりにもならない。男が連射する度に弾は、シヴァンに届くことなく、あえなく地面に落ちた。
シヴァンは周囲に視線を走らせた。倉庫街なのだろうか、街の至るところに錆び付いたコンテナがある。そして通りに人けはなかった。多少手荒いことをしても市民に危害が及ぶ心配はなさそうだ。
男はたまに立ち止まると、思い出したように通りの壁に向かって嘔吐していた。まだ目が回っているのだろう。
シヴァンは、男のいる前方にあったコンテナに向かって手をかざした。次の瞬間、コンテナが宙に浮いた。シヴァンの手の動きに合せてそれは空中を移動した。
「な、おまえもさっきの奴と同じ化け物……」
前方で浮き上がったコンテナを見て、男がつんのめりそうに驚いた。シヴァンは手を振り下ろし、男の目の前にコンテナを落とした。
「くそっ!」
道をふさがれたことに焦った男は、左手の路地へと逃げ込んだ。後を追うと、ふたたび前方にコンテナが見えた。先ほどと同じように“力”で操作し、また落とす。
行く手をふさがれ、男は慌ててそばの家に逃げ込もうと勝手口のドアを開いた。シヴァンはすかさずドアに手をかざし、勢い良く閉める。そのせいでドアの隙間に手を挟んだ男が絶叫し、もだえた。
悲しくなった。男がなにをしても逃げられない真実がそこにはあった。ここまで無力になった男を追い詰めることが、これほど罪悪感を伴うものだとシヴァンはこのとき初めて知った。
そしてようやく路地裏の行き止まりまで男を追いつめたところで、シヴァンは言った。
「悪いが、連行させてもらう……」
言いながら本当に申し訳ない気がした。男は後ずさりながら、まだ観念したくないとでも言うように首を振っている。
「ふざけんな、クソッ!」
目には涙が浮かんでいる。恐怖と焦りで気持ちが昂ぶっているのだろう。だがシヴァンは男と目が合わないように顔を伏せ、静かに腰から手錠に似た拘束具を取り出した。
「正義ヅラしてんじゃねぇよ!」
男が突然叫んだ。逮捕されるのが怖くて気が動転したのか、瞳孔が開ききっている。
「勘違いするな。任務をこなしているだけだ」
「知ってるぞ。おまえらエイクスとかいう組織の人間だろ? そこで選ばれたからって戦士気取りか?」
「そうではない、俺はただ任務を……」
「“身寄りのない根無し草”のくせに、ずいぶんと偉そうじゃねぇか!」
その言葉が放たれた瞬間、シヴァンの動きが止まった。顔がみるみると歪む。
「エイクスは全員身寄りのない連中ばかりだってな!生きる希望も死ぬ勇気もない根無し草によ!唯一の生きがいを与える、それが特殊精鋭部隊の任務なんだろ!?それでヒ―ロー気取って、自己満足しやがって!可哀想な連中だよなぁ!」
男はなにも考えず叫んでいるのだろう。だが“身寄りがない”という言葉は、シヴァンの体を震わせるに足るものだった。
脳裏に“チチチ”という音がこだまする。徐々にその音はイメージを持ち、“白い光”となって目の前を覆う。
「またその自己満を充たすのか? それがおまえらの任務か! いいさ。なら、ちゃっちゃと逮捕すりゃあいい! 抵抗なんかしねぇ、大人しくつかまってやらぁ!」
男はヤケになったのか、冷やかすように舌を突き出し、両手を振ってみせた。
だがシヴァンの目には、もはやその姿は映っていなかった。見えるのは、頭に浮かんだ“白い光”だけだ。
シヴァンは顔を上げた。その顔を見た瞬間、男はのけぞった。シヴァンの目には色がなかった。それは感情を欠いた目だった。
シヴァンが右手を開いた。徐々に手の平が青く輝き、その中央に“力”が宿る。やがてふくれ上がったそれは、蒼い炎となって燃え上がった。
「塵と消えろ」
シヴァンは右手を頭上に振りかざした。男は驚き、動けず、その場に尻餅をついた。
シヴァンの右手から炎が立ち昇った。右手を振り下ろすと同時に、炎がまるで獲物を食わんとする龍のように、男に向かって一直線に向かった。
そのとき、大雨が降ってきた。
その冷たさに我に返った。慌てて男に向けた炎を引っ込めようと手を下ろす。だがそれは杞憂だった。炎は、突如頭上から降ってきた大量の水で完全に消し止められたからだ。
「熱くなりすぎだ、シヴァン。生きたまま確保が本部命令だぜ」
顔を上げると、頭上の建物からこちらを見下ろしている男がいた。赤地に緑ラインの入った消防士スタイルのバトルスーツ、ドスだった。
ドスの手の平からは水がしたたっている。水を操る“力”でシヴァンを止めたのだ。
シヴァンはドスの瞳を見上げた。言葉を発せられなかった。その場にがくりと膝を付いた。
対象は全員生きたまま確保でき、無事警察に引き渡すことができた。
シヴァンは警察署前の広場のベンチに座り、コーヒーを飲んでいた。
「やはりあいつらは情報通り新たなテロを画策していた武装組織の一派、HCの連中らしい。これから署内で拘束してもろもろ吐かせるってさ」
警察署から出てきたドスが、シヴァンの前に立つと言った。
「まあ、俺的には、ヒーローの任務を果たせたわけだし、別にその裏になにがあっても興味ないけどね」シヴァンの隣で、路上に落ちた缶を“力”でゴミ箱に放り込んでいたロックが言う。「ところで、ドスが追ってた情報ってのはなんだったんだ?」
「ああ、それか……」
するとドスは口ごもった。シヴァンに視線を走らせる。
「シヴァン、奴らのアジトで五人の男を確認したと言ったな?」
「ああ、間違いない」
「なるほど。やはりか」ドスが神妙な顔で顎を掻く。その仕草にシヴァンは思わずドスを見つめた。
「なんだったんだ?」
「警察がすでにアジトを調べた。爆発時の死体は二体しかなかったらしい」
「なんだって……」
「現場の一部に不自然に爆発の影響を受けていない場所があったんだ。そしてお前がそこで見たという“白い光”―――」
「まさか……俺たちみたいな”力”を持つ者が……」
「その裏付けが取れそうなんだ」
真っ直ぐ見つめ返してくるドスの瞳に、シヴァンは言葉を発することができなかった。
「なに、光? 同じ力を持つ者? なんの話?」
ロックは意味がわからないのか、二人の顔を交互に見比べ首をひねっていたが、シヴァンはそれを横目に拳を握りしめていた。
脳裏に、七年前に初めて見た“あの光のこと”を思い出して―――。